日々是映画日和(67)
今月は、たまたま原作ものが四つ並んだ。
恩田陸の「夢違」を翻案し、ちょっと変わった連続ドラマに仕立てて話題となったTV版が最終回を迎えて約一年半。やや時間を措いての登場となった劇場版の『悪夢ちゃん The 夢 Vie』だが、白髪のメッシュ入ったヒロインの結衣子も初恋のお年頃となり、いつもの予知夢の中に憧れの転校生が登場する。しかし、生徒たちが次々に殺される夢の中で、担任の彩未から、「あなたの心が悪いからだ!」と罵倒され、悄然としてしまう。
SFXを駆使して奇天烈な夢の世界をお子様ランチ的に見せる面白さはTVと同様だが、ほぼ二時間の長丁場を持たせる奥行きあるプロットは、大人の鑑賞にも十分耐えうる。『抱きしめたい──真実の物語──』でひと皮むけた、担任教師役の北川景子の腹黒ヒロインぶりも健在だ。監督は、『黒い家』の大森寿美男。(★★★)
原作を一読して、これは自分が撮るべきだと確信したと語る熊切和嘉監督が、その思いを実現した桜庭一樹の直木賞受賞作『私の男』。数奇な運命を辿るヒロイン花の幼い頃を山田望叶(「花子とアン」)が、後年を二階堂ふみがそれぞれ演じ、遠縁の男淳悟には日本のマーロウ(?)こと浅野忠信が扮している。
時間を遡っていく原作の構成は、ミステリの趣向を巧みに使ったものだったが、映画はそれをあっさりと放棄している。しかし却ってそれが、修羅の道を往く男女の人生の凄絶さを浮き彫りにし、犯罪ドラマを包含しながら緊張感を加速させていく。お互い以外を見いだすことのできない男女の濃密な世界は、観客の心を心底凍えさせる。人の心の暗い底流を照らす、胸の悪くなるような傑作が誕生したと思う。(★★★★)
筋立ては原作に比較的忠実なのに、どこか違ったテイストに仕上がったのが、耶雲哉治監督の『百瀬、こっちを向いて。』だ。脚本は、作家の狗飼恭子。命の恩人であり、学校では敬愛する先輩宮崎の頼みで、二人いる彼のガールフレンドの片方と付き合っているふりをすることになったノボル。しかし、恋愛に免疫のない彼は、相手の百瀬(早見あかり)という女の子の奔放さに次第に惹かれていってしまう。
原作の中田永一の短篇小説は、青春恋愛小説の直球ど真ん中だが、ミステリ的な遊び心が重要なアクセントになっている。しかしこの映画からは、意外な真相のインパクトがすっかり抜け落ちている。こういう解釈もありだろうが、『吉祥寺の朝日奈くん』の鮮やかな反転に小躍りした身には、いささか物足りなく思えてしまう。百瀬役の早見あかりのエネルギッシュな存在感に対して、わざわざノボル役を二人(過去を竹内太郎、現在を向井理)に分けて演じさせる意図もいまひとつ伝わってこなかった。(★★1/2)
父親失格の元刑事(役所広司)が、謎の失踪を遂げた高校生の娘(小松菜奈)を探そうとする『渇き。』は、深町秋生の〈このミス大賞〉受賞作「果てしなき渇き」の映画化で、監督は『告白』の中島哲也。娘の中学時代のエピソードと捜査に奔走する父親という三年前の過去と現在が交互に描かれていくが、ひっくり返ったおもちゃ箱状態の冒頭から、エピソードの脈絡が見えてくるまで、しばしジェットコースターに乗せられたような目くるめく展開がスリリングで心地よい。
國村隼、中谷美紀、オダギリジョーらベテランに囲まれ、少しも霞まない、新人小松菜奈の眩しい佇まいも目をひくが、人を喰った態度と物言いで事件に絡み、狂言回しの重要な役割を担っていく妻夫木聡の刑事役がいい。復讐のメロディが流れるなか、狂ったように娘を追い求める父親の物語は、まさに天然色の悪夢。ディストピアにおける家族愛の物語の誕生に拍手を送りたい。(★★★★)
不治の病と闘うヒロイン(アンジェラベイビー)が、かつて恋人だった同級生(マーク・チャオ)と偶然再会したことから、二人は再び恋におちていく。これだけを聞くと『メモリー First Time』は絵に書いたような恋愛映画だが、監督でもあるハン・イエンの脚本には、大いなる企みが隠されている。
難病に苦しみ、母親に庇われるように暮らす娘。そんな彼女の前に現れたのは、かつてのボーイフレンドで、消息不明の青年だった。遊園地で再会し、離れていた空白を埋めるように、二人はデートを重ね、楽しい時間を過ごす。やがて彼女は、病で諦めていたダンサーへの道に再び挑戦することを決意するが。カセットテープのA面とB面にたとえての二部構成だが、後半に至って事の次第に意表を突かれ、はたと膝を打つ。コアな部分にロマンスがあるだけにやや甘口だが、丁寧に張られた伏線が見事なミステリ映画を作り上げている。(★★★1/2)
出演作にいとまない人気者ジェイソン・ステイサムの最新着は、ロンドンの裏側が舞台となる『ハミングバード』という作品だ。厳しい冬をダンボールでしのぐホームレスたちから、金品や薬を奪っていくギャングの下っ端たち。ついつい反撃に出てしまったステイサムだが、寝起きを共にしていた少女を拉致されてしまう。売春を強要された揚げ句、彼女が客に殺されたことを知り、犯人を突き止めようとする。
逃げ込んだ先のマンションの住人がたまたま長期の旅行中だったり、主人公に特殊部隊からドロップアウトした過去があったりと、ご都合主義も目立つが、過去のフラッシュバックを交え、浮かびあがる主人公像はノワール調で、そこにシスターのアガタ・ブゼクや、中国人マフィアのベネディクト・ウォンらとの関係を通して、善と悪で行き来する人間像が丁寧に描かれていく。夜行性の主人公を通じて、ロンドンの闇を描いてみせた監督・脚本のスティーヴン・ナイトは、クローネンバーグの『イースタン・プロミス』の脚本を手がけた人物である。(★★★)
※★は四つが満点(BOMBが最低点)です。